車屋の小供

田中貢太郎

1880-1941 大正-昭和時代前期の小説家。

明治13年3月2日生まれ。大町桂月に師事し,「田岡嶺雲・幸徳秋水・奥宮健之追懐録」が出世作となる。「中央公論」の「説苑(ぜいえん)」欄に実録,情話,怪異譚をかき,雑誌「博浪沙」を創刊した。昭和16年2月1日死去。62歳。高知県出身。号は桃葉。著作に「旋風時代」など

wikipedia:田中貢太郎

 明治も初めの方で、背後(うしろ)に武者絵(むしゃえ)などのついた人力車が東京市中を往来している比(ころ)のことであった。その車を曳(ひ)いている車夫の一人で、女房に死なれて、手足纏(てあしまと)いになる男の子を隣家へ頼んで置いて、稼ぎに出かけて往く者があった。
 小供は三歳位であった。隣家の者はおもがとおり一片(いっぺん)の世話であったから、夜になると、父親の車夫が帰らなくとも、
「もう、爺親(ちゃん)も帰って来るから、我家(うち)へ往って待っていな」などと云って、小供を伴(つ)れて往って、カンテラに燈(ひ)を点(つ)けて帰った。
 小供は独り待っていると、淋しくなって来るので、しくしく泣きだした。その悲しそうに泣く泣声が微(かすか)に両隣へも聞えた。この泣声を聞いては、小供を預(あずか)っていた隣家の人も可哀そうになって来るので、伴れて来てやろうと思っていると、小供の泣声がぱったり止(や)んで、その小供が何か話す声が聞えて来る。そして、そのうちには笑声(わらいごえ)も交(まじ)った。それでは父親が帰ったであろうかと思ったが、帰って来れば空車(あきぐるま)をがたがたと牽(ひ)いて来るのが例になっているし、それに小供を頼んであった礼位(ぐらい)を云うはずであるから、父親でないことは判っている。おかしいぞと思っていると、小供の声は止(や)んでひっそりとなる。と、暫(しばら)くすると父親が、空車の音をさして帰って来て、一口礼を云いながら家の中へ入ってしまう。
 小供はたしかに独言(ひとりごと)を云っていると云うことが、隣家の人に判って来た。それにしても不思議であるから、小供を預ってやる隣家の者が、ある日、小供に聞いてみた。
「お前さんは、夜家へ帰って、爺親(ちゃん)のいない時に、何か云ってるが、あれは何を云ってるのだね」
「おっ母(かあ)と話をするよ」と、小供は平気で云った。
 隣家の者は頭から水を浴びたように感じながら、
「ほんとにおっ母が来るの」
「来るよ、乃公(おれ)が泣いてると、おっ母が来て、乳を飲ましてくれたり、抱いてくれたりするよ」
 隣家の者はその小供をその家へ伴(つ)れて往って聞いた。
「おっ母はどこから来るのだ」
「あすこから来るよ」と、小供は何時(いつ)も空車を引込んで置く狭い土間(どま)の敷居(しきい)の下に指をさした。

底本:「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」国書刊行会

   1995(平成7)年8月2日初版第1刷発行

青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)より引用

yahoo知恵袋より引用

、近代文学までの本で読みやすいものを読んでみたいと思っています。 なにかお勧めの本があったら教えてください。
こころ(夏目漱石)…教科書に一部が載っていました。一冊読むととても心に沁みます。
舞姫(森鴎外)…淡々とした文章なのですが、その中の人物たちがとても切ないです。
車輪の下(ヘッセ)
続若草物語…少女時代のほうは有名です。続編もとてもいいです。
短編がいいなら星新一さんなどおすすめ。